Special Interview
脱炭素社会の切り札「水素サプライチェーン」の実装と、
エコ・ファーストが導く企業共創の未来
サステナビリティ推進部 課長 岩井 健 様
サステナビリティ推進部 上級理事 渋谷 洋 様
サステナビリティ推進部 担当部長 油谷 充規 様
サステナビリティ推進部 竹田 まこ様
日本のエネルギー市場を長年にわたり牽引し続ける岩谷産業株式会社。脱炭素社会の実現に向け、同社は今どのような手応えを感じ、どのような未来を描いているのか。水素サプライチェーンの構築から、暮らしに身近な環境配慮商品、社内への意識浸透、そして新たに議長企業に就任した「エコ・ファースト推進協議会」での展望まで、余すことなくお話を伺いました。
需要と供給を連動させ、水素サプライチェーンを着実に社会実装する
——岩谷産業様は長年にわたり日本の水素エネルギー市場を牽引されています。現在、脱炭素社会の実現に向けて、特に注力されている「水素サプライチェーンの構築」や「水素ステーションの展開」における最新の取り組みや、特に手応えを感じている部分について教えてください。
岩井氏(以下、岩井): 弊社は水素エネルギー分野において、長年培ってきた知見を基盤に、水素を「つくる」「はこぶ」「つかう」というサプライチェーン全体を一体で構築できる点を大きな強みとしています 。現在は単なる構想にとどまらず、水素社会の実装を着実に進めています。
まず、サプライチェーン構築の面では、「水素社会推進法」に基づく値差支援制度の認定を取得しました 。これにより、普及の大きな障壁であった既存燃料とのコスト差を補填する仕組みを活用できるようになり、コスト課題に正面から取り組む体制が整いました 。本件は、再生可能エネルギーを活用した水電解によるグリーン水素製造となり、年間約1,600トン規模の製造・供給体制構築を目指し、実際的な需要の創出を進めています。
さらに「つかう(需要)」側の開拓として、日本初となる「水素燃料電池を搭載した油圧ショベル」の実証実験を建設分野で進めるなど 、建設現場における水素の利用拡大に貢献し、需要側から市場を広げられている点に大きな手応えを感じています。
商用車の重点地域として、福島・東京・愛知・兵庫・福岡を結ぶ「水素大動脈構想」
岩井: 水素ステーションの展開においては、特に「商用車領域」にフォーカスを絞っています 。現在、東京都の湾岸エリアにおいて「平和島」と「有明」の2拠点を安定稼働させています。なかでも有明の拠点では、毎時120kg以上の供給能力を備え、2台の同時充填が可能な高性能設備を実装するなど、実用段階での運用ノウハウを蓄積しています。さらに2027年頃の開所を目指し、大型トラック向けの新たなステーションも建設中です。
現在、東京都内ではすでに約100台の水素バス(燃料電池バス)が運行しており、2030年度に水素タクシー(燃料電池タクシー)を約600台導入する目標も発表されています。こうしたモビリティの「FC(燃料電池)化」のムーブメントを、弊社の水素インフラが底堅く支え続けています。
製造・技術基盤の強化の重点施策として、コスモエネルギーホールディング様との協業を進めています。コスモ石油様の千葉製油所における液化水素製造プラントの建設検討(2029年度稼働予定)をはじめ、水素エンジニアリングの体制強化など、供給力と技術力の両面から水素エネルギー社会の実現に向けて取り組んでいます。
水素バリューチェーン推進協議会が政策提言した、福島、東京、愛知、兵庫、福岡を結ぶ「水素大動脈構想」では、この動脈上に商用車ステーションを今後10年で30カ所程度整備することを目指しています。弊社は、引き続き水素ステーションの整備をはじめ、日本の水素インフラを牽引するパイオニアとして歩みを進めていきます。
創業者の予見が、カーボンニュートラルで現実に
——水素社会という未知の領域に対し、リスクを恐れず「ファーストムーバー」として市場を牽引される背景には、どのような企業風土や理念があるのでしょうか。
渋谷氏(以下、渋谷): 弊社の企業理念は「世の中に必要な人間となれ 世の中に必要なものこそ栄える」であり、根底の事業哲学となります。弊社は水素事業を手掛けて80年以上になりますが、創業者である岩谷直治は、「そのうち飛行機も水素で飛ぶようになるぞ」と周囲に語り、当時から水素の研究を進めていました。当時はまだエネルギーとしての水素に注目が集まる時代ではありませんでしたが、近年の「カーボンニュートラル宣言」を契機に、一気に皆様に強くご認識いただけるようになりました。
おこがましく時代を先導してきたというよりは 、トップから現場にいたるまで「水素は自分たちの強みである」という誇りと確信を持って一貫して進んできた結果であり 、今は社会やパートナーの皆様と一緒に水素エネルギー社会を実現していこうという姿勢を大切にしています。
先月(5月28日)も、弊社が参画する一般社団法人水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)から政府へ新たな提言が行われました。水素を国家の重要分野に位置づけ、水素の社会実装と水素産業の持続的成長を目指すための具体的なグランドデザインを要望しています。
天ぷら油が空を飛び、中身も容器もグリーンになる飲料ビジネス
——産業用だけでなく、私たちの身近な暮らしにおける環境配慮(カセットこんろやLPガス分野やバイオマス・リサイクル素材の活用など)において、一般の消費者に知ってほしい取り組みやこだわりはありますか?
竹田氏(以下、竹田): 弊社が大切にしているのは、環境配慮を難しい話にするのではなく、日常の中で実感できる形に変えていくことです。
身近な例として、家庭や店舗から出る「使用済みの食用油(廃食油)」の回収・活用に取り組んでいます。これは単に回収するだけでなく、飛行機を飛ばすための燃料「SAF(持続可能な航空燃料)」の原料へとつながるもので、コスモ石油様の技術と連携して進めています。弊社が持つ全国330万世帯のLPガス顧客基盤を活かして回収網を広げており、さらにSAF製造に伴う「グリーンLPG」の製造・供給スキームの検討も進めています。身近な天ぷら油が空を飛び、さらにはグリーンLPGとして家庭に戻ってくるという循環の道筋やエネルギーの脱炭素化に繋げたいと考えています。
また、グローバルサウス未来志向型共創等事業に採択された案件として、タイではサトウキビ由来の原料炭酸を精製・液化する「バイオエタノール由来液化炭酸ガスプラント」の設立を検討しています。従来の天然ガス由来からバイオエタノール由来の原料炭酸へ切り替えることで、お客様の脱炭素化に繋がるものと期待しています。また、この炭酸ガスはタイ国内での供給に加え、日本や東南アジア各国への供給も見込まれています。 さらにタイでは世界最大手のPET樹脂メーカーと使用済みペットボトルのリサイクルPET事業の検討も進めています。これにより、飲料で言えば「中身の炭酸ガスも低炭素、容器のペットボトルも循環型」という、中身と容器の両面から環境負荷を下げるアプローチが可能になります。
「我慢」ではなく「普段通り選ぶだけ」で環境負荷を減らせる商品を
竹田: もっと身近な生活用品では、「カーボンオフセットのカセットガス」を展開しています。これは、カッセトガスの原材料調達から使用・廃棄・リサイクルにいたるライフサイクル全体のCO2排出量を、弊社が事業者向けに高効率ボイラーの導入や燃料転換(重油からLPガス・LNGへ)をお手伝いすることで創出した「J-クレジット」で相殺した商品です。
産業分野で生み出した削減価値を、生活者が手にする商品に落とし込むことで、使う側は普段通りにカセットガスを選んで使うだけで、我慢することなく環境負荷の低減に参加できます 。こうした産業向けの大きな取り組みと暮らしの線を一本につなぎ、日常の中で選びやすい選択肢を提供していくことが、私たちのこだわりです。
実際にこうしたサステナビリティの取り組みは、若い世代へのメッセージにもなっています。近年の新卒採用において、学生が各社のSDGsの取り組みを熱心に見る中で 、「水素社会の実現に向けて本気で取り組んでいる企業」という認知が、優秀な学生の採用や社員のエンゲージメント向上という短期的な成果にも結びついていると感じます。
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サステナビリティ推進部 課長 岩井 健様
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サステナビリティ推進部 担当部長 油谷 充規様
「営業部門に負けないPR」で新入社員からの認知度を劇的向上
——サステナビリティ推進部様が中心となって取り組まれている「社内へのサステナビリティ意識の浸透」や「独自の社内制度づくり」など、組織としての具体的な工夫や苦労された点があれば教えてください。
渋谷: 弊社のサステナビリティ推進部は2023年4月に新設され、現在4年目を迎えています。主なミッションは、2030年に弊社のCO2排出量を半減するという目標に向けた算定と施策の推進、サプライチェーンにおける人権などのリスク管理(仕入れ先様へのアンケートや人権デューデリジェンス)、そしてESG評価機関への対応などです。
社内浸透におけるリアルな苦労話として、新入社員研修でのエピソードがあります。弊社では研修期間中、約20ある各部門が新入社員に向けて「自分たちの部署が何をしているか」をプレゼンし、新入社員が点数をつける仕組みがあります 。営業部門が上位を占める中、どうしても硬い話になりがちなサステナビリティ推進部は、最初の数年間、残念ながら最下位に近い位置に甘んじていました。
しかし、これではいけないと、この春は部署の若いメンバーにプレゼンを全面的に任せ、キャッチーな言葉選びや気持ちが入り込める表現に一新しました。その結果、全体の順位を「9ポイント」も引き上げることに成功しました 。若い感性を信じて任せることで、新入社員にも自分たちの活動が丁寧に伝わるという大きな気づきを得ました。
営業部門にとって「コスト」ではなく「武器」になる脱炭素へ
渋谷: また、事業部門(営業)との関わりにおいては、どうしても「脱炭素=コストがかかる、業務が増える」と捉えられがちです。そこでサステナビリティ推進部が今特に力を入れているのが、「カーボンクレジットの創出」という事業部門との両輪の連携です。
例えば、営業部門が関わる事業や、先ほどお話ししたタイの炭酸ガス事業において、二国間クレジット(JCM)化に向けたFS(実現可能性調査)事業に申請し、採択を受けるといったサポートを行っています。事業の推進と脱炭素の価値創出が綺麗に噛み合うスキームを提示することで、事業部門からも非常に相性が良いと歓迎されるようになりました。
国の制度や海外との関わりなど、ダイナミックなビジネスの現場にサステナビリティ推進部も深くコミットしていく姿勢は、社内、ひいては新入社員に対する大きなアピールポイントにもなっています。
初のエネルギー業界からの議長就任。「コストを成長に変える」モデルへ
——今期よりエコ・ファースト推進協議会の「議長企業」に就任されました。大変な大役かと存じますが、就任にあたっての率直な意気込みや、目指したい協議会の姿をお聞かせください。
油谷氏(以下、油谷): 環境先進企業が集まるエコ・ファースト推進協議会において、議長企業に選出されたことは大変光栄であると同時に、その責任の重さを強く身に染みて感じています。まずは二期4年にわたり協議会の発展を支えてくださった島津製作所・上田会長様(前議長)に、深く敬意と感謝を申し上げます。
現在、認定企業はちょうど100社(協議会加盟は99社)を数え、日本の中での環境経営を牽引する存在となっています。昨今の国際情勢やエネルギー情勢の変化に伴い、コスト面での不透明さは増していますが、化石燃料への依存リスク低減やエネルギー安全保障の観点からも、脱炭素の歩みを止めてはなりません。
弊社は幅広い産業と接点を持つ企業ですが、エネルギー業界からの議長就任は初となります。この立場を活かし、環境対応を単なる「コスト」として捉えるのではなく、企業の「成長や競争力」につながるものとして定義し直したいと考えています。異業種間の横断的な取り組みを加速させ、環境省様とも緊密に連携しながら、政策との整合性を高めて発信力を強化していきます。環境と成長を両立する具体的なモデルを、社会へ広く提示していくことがこれからの目標です。
成功事例だけでなく「実務の試行錯誤」を共有し合えるオープンな関係へ
——環境課題の解決には「企業間の連携」が不可欠と言われています。エコ・ファースト推進協議会加盟企業との今後のコラボレーションや、共創の可能性について、どのような期待を持たれていますか?
油谷: 環境問題は複雑化しており、もはや1社だけで完結できる領域は限られています。今後は、これまでの情報交換のフェーズから一歩進め、具体的なアクションにつながる実践的な競争・共創の場へと進化させたいと考えています。
具体的には、企業同士の技術や顧客基盤を組み合わせた新しいサービスの創出や、サプライチェーン全体での脱炭素・資源循環の高度化を目指します。そのために重要なのは、華やかな「成功事例」の共有だけにとどまらず、実務上のリアルな「課題」や「試行錯誤のプロセス」を包み隠さず共有し合えるオープンな関係性を築くことです 。
お互いの泥臭い部分も含めて共有できれば、各社の取り組みの質とスピードは格段に向上します。今後はテーマ別の共同プロジェクトや実証の場づくりを通じて、単なる「情報共有の場」ではなく、共に環境課題を社会実装していく強固な連携組織にしていきたいと考えています。
また、協議会の価値そのものを高めることで、既存会員のエンゲージメントを高めるとともに、新たな志を持つ企業の賛同・拡大を地道に促していきたいと考えています。
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サステナビリティ推進部長 上級理事 渋谷 洋様
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サステナビリティ推進部 竹田 まこ様
正解がないモヤモヤの中で、2050年の子どもたちのために伴走する「同志」として
——最後に、このインタビューを読んでいるサステナビリティ担当者に向けてメッセージをお願いいたします。
渋谷: サステナビリティという業務には、財務会計のような長い歴史の中で作られた明確な固定のルールや正解ルートがまだありません。そのため、各社の担当者の皆様も、日々非常に強い「モヤモヤ感」や孤独を抱えながら業務にあたっているのではないかと思います。
しかし、だからこそ私たちは、他者から学び、切磋琢磨しながら自社の最適なロードマップを順次アップデートしていく必要があります。そのために、このサステナビリティ推進のネットワークや協議会という場が存在しています。
私たちが目指す2050年という未来のゴールにおいて、いま現役で働いている私たちはその場にいないかもしれません。しかし、いまの子供たちに向けて、きちんとした持続可能な環境とステージを準備して手渡すために、このモヤモヤした霧の中でも一生懸命に前を向いて進んでいく必要があります。
同じカーボンニュートラルという高いゴールに向かっていく、私たちは全員が大切な「同志」です。ぜひこれからも密にコミュニケーションを取り合い、お互いに向上していきましょう。
2026年6月、岩谷産業本社にて、取材・文:株式会社ゼロボード 渡慶次 道隆